2026年10月31日土曜日

名もなき(?)神社を訪ねて

 名もなき(?)神社を訪ねて

10年ほど前、地元の神社を訪ね回ったことがある([近所の神々]を参照)。
全てを踏破したと思っていたが、
その後、Google Mapで新たな神社を見つけた。
気にはなっていたが、訪問する意欲と機会に恵まれずそのまま忘れかけていた。

暑さも一段落したので、一念発起、訪ねてみた。
目指すは、「名もなき(?)神社(※)」、場所は「大原野灰方町(※※)」。
(※)Google Map上では、[稲荷神社]と表記されているが、
  鳥居に扁額もなく、由緒書きもない。
  社には、狐の置物が奉納されており、稲荷系の神社だとは思われるが、
  元々[稲荷神社]と呼ばれていたのかどうかは不明なので、名もなき(?)神社とした。
(※※)「灰方」は、地名であるとともに、全国でも60~70名ほどの希少な人名だそうです。
  古い記録には、地名の由来について、
  「石灰を焼いて朝廷へ納めていたことから「灰方」と呼ばれた」そうで、
  「灰方村に住んでいた一族が「灰方」を姓として名乗った」との説があります。

【名もなき(?)神社 稲荷神社】
名もなき神社(?) 稲荷神社
        
手水鉢の側面には、
 延寶五年 (注:1677年(約350年前の江戸時代))
 奉寄進
 巳(?)几(?)月十(?)一日 (?:読めません)

【向山地蔵尊跡地】
 神社に向かう途中に「向山地蔵尊跡地」があった。
 中は伽藍洞であったが、立派な由緒碑が建てられていた。
 それによると、
  灰方町はこの界隈にあり、彼方此方に散在していた地蔵尊をここに集め、
  手厚く供養してきたが、諸般の事情によりそれが叶わなくなり、
  近くの灰方墓地に無縁仏として祀った。
 とのことである。
  
由緒の全文
灰方町の集落は 古来この界隈にあったとされています 
その証左としてこの地の周辺から瓦や土器をはじめ 
多くの地蔵尊が出土されてきました
 爾来これらの地蔵尊はこの場所に集められ
芦田家ご家族をはじめ町内の方々によって
毎年八月に施餓鬼供養されてきましたが 
少子高齢化時代に入り生活様式等の変化も著しく
従前の様に供養をすることが出来なくなるのではと懸念されていました
 容易にお参りができ より多くの方々に供養をして頂く方策として 
これらの地蔵尊をこの度全面改築工事が成される灰方墓地内に無縁仏として祀ることにし 
この地に灰方町の起源があり 地蔵尊が祀られていたことを史実としてここに記します
  平成二十四年八月吉日
  灰方町旧財産管理会
  灰方墓地管理組合
今回の訪問は、単に神社を訪問したということのみならず、
「灰方」の起源、歴史など学ぶことが多く有意義だった。
附近には、「灰谷」、「出灰(いずりは)」などの地名もあり、
石灰岩の採掘がおこなわれていたようで、
灰=石灰と理解しても良さそうだ。
(石灰は強いアルカリ性で、酸性土壌の中和に用いられます)
更には、「灰方」では灰方古墳群(注)や平安時代の窯跡も見つかっている。
「灰方」は歴史を感じさせるところだ。
(注)灰方古墳群の一部の石室(下部)が、近くの大原野小学校に移築復元されているようです。