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2023年10月15日日曜日

近所の歴史探訪 ~「芝1号古墳」編~

 近所の歴史探訪 ~「芝1号古墳」編~

前方 後円くん
区内の目ぼしい古墳はほぼ探訪しつくしたと思っていたが、最近の「区民だより」に
小学生高学年向きの「遺跡発見・勾玉づくり・古墳見学ツアー」参加を募る記事が掲載されていた。
そこで紹介されていたのが「芝古墳(1号墳)(大原野石見町)」だ。
この古墳には行ったことがなかったので、運動不足解消も兼ねて早速探訪に出かけた。
(以前、井ノ内車塚古墳(長岡京市)に行ったときに近くを通っているはずなのだが、見過ごしていた?)
芝1号墳(奥が前方部、手前が後円部)
芝古墳(1号墳)は、規模は小さいながらも、区内には数少ない「前方後円墳」であった。

芝古墳群は善峰川右岸の低位段丘北辺に展開する古墳群であり、
14基(円墳12基(うち5基は長岡京市)、方墳1基、前方後円墳1基)が確認されている。
芝古墳(1号墳)は群内で唯一の前方後円墳で、墳丘は南北方向に主軸を持つ墳丘長約32m程と考えられ、
後円部径約19m、後円部高約3m、くびれ部幅約12m、前方部幅約16m、前方部高約2.5mの規模を有する。
古墳時代後期(6世紀初頭)に築造され、埋葬施設は横穴式石室で多彩な埴輪も発掘されている。
すぐ近く(長岡京市)の井ノ内車塚古墳と井ノ内稲荷塚古墳(何れも前方後円墳)とは同族の墓とみられている。
現在、公園化にむけた整備工事中(2024年1月31日迄)とのことで中には入れなかった。
工事完了後に改めて訪ねてみたい。

家形埴輪、巫女形埴輪、鶏形埴輪、馬形埴輪、盾形埴輪、石見型埴輪など
多彩な埴輪が出土しているようなので
それらも復元整備していただくと人気スポットになると思いますが、京都市の場合、財政的に無理?
(アクセスが余り良くないので「それでも行ってみたいと思わせる魅力」が必要かと)

なお、付近に駐車場はありませんのでご注意ください。
最寄り駅は、阪急「東向日駅」又は「西向日駅」。
何れも3kmと少々で、ウォーキングやハイキングにはちょうど良い距離かな?。

               
後円部

後円部

前方部

前方部



【参考資料】

P.S.
2024年3月17日にオープンしました。
「市民しんぶん 西京区版」(令和6年4月15日 第340号)より


古墳シリーズ

2021年11月14日日曜日

ミステリアス・スポット!?「地磁波発生の処」(小倉神社)

 ミステリアス・スポット(Mysterious spot)!?「地磁波発生の処」(小倉神社)

小倉神社(京都府大山崎町)の本殿裏手に「地磁波発生の処」と書かれた碑があるらしい。
小倉神社は何度も訪問したことがあるが、迂闊にも本殿裏には行ったことがなかった。
こう言う話を耳にすると、興味津々、好奇心が沸々。
自分の目で見たい、自分の目で確かめたい。もう居ても立っても居られない。
早速出かけてみた。

本殿裏には、確かに「小倉神社磐座」,「地磁波発生の処」と書かれた円形の石碑があった。
傍には、解説文の碑もあった。
地磁波
(ちじは)
地球の持っている磁気が特定の場所で強く現われ機器測定によると
此の周辺の空間は磁力波として流れ出しています。
磐座
(いわくら)
古来自然崇拝の中心として山を崇高な神の宿るところとの考えから
御神体の中心とされた岩盤の多い場所です。各地の神社でも此のような
場所に設けられ科学も未発達な上古に於いても人知を超えた神霊を感得
したものです。
見た感じ何の変哲もないように見えます。碑の後の岩塊が磐座でしょうか?。

持参した方位磁石(※)を取り出し碑の周りを廻ってみた。
(※)方位磁石は100円Shopで購入したもので精度や感度など信頼性は不明。
何ということでしょう!? 針が少し振れたような・・・。
方位磁石を碑の横と1mほど離れた場所において比べてみると、ほんの少しだけずれてるように見える。
やはり磁力波が流れ出しているのか? (近くに磁鉄鉱でもあるのか?) 
真偽のほどは兎も角、貴重な体験が出来た。
帰りがけ両手を碑の上にのせ頭(こうべ)を垂れじっと祈願している参拝者の姿を見かけた。       
           
本殿裏手

本殿裏手(左側に解説文碑)

碑の後ろには岩塊が

碑(赤丸)の後ろの岩塊

碑の下

1mほど離れたところ

好奇心を満たしたところで少し寄り道して帰路についた。
【鳥居前古墳】
参道右手の高台の竹林の中に「鳥居前古墳」がある。
取りつき道がよくわからなかったので、一旦参道入口まで戻り府道206号線(奥海印寺納所線)を西へ。
京都府立西乙訓高校前の前を通り最初のT字路を左折。道なりに進むと左手に小高い竹林の丘が見える。
「鳥居前古墳」だ。全長54mの前方後円墳。後円部を見上げる位置に案内板が設置されている。
「関係者以外立入禁止」のようなのでフェンス外からパチリ。
<ご参考>
大山崎町のHPによると、
「古墳の被葬者が後の時代に神格化され小倉神社が誕生したものと考えられます」とある。               






  

「鳥居前古墳」前の「鳥居前第六公園」

【石倉神社】
小倉神社参道入口に「石倉神社」がある。
案内板を読むと「祈願するときに社に石をなげる」習慣(投石信仰)があったそうだ。
「おはらい」と「みそぎ」を授ける社ということのようだ。祭神に関する説明はないが、
ここに鎮座される神さん「参拝される都度石を投げつけられて堪ったものではない」でしょうね?。
余程寛容な神に違いない。        




【勝雄神社】
小倉神社境内で「勝雄神社」の碑を見かけました。社はありません。
碑のみですが賽銭箱はしっかりあります。
ネットで調べると「勝雄天満宮」や「勝雄祖霊社」などがヒットしますが「勝雄神社」は出てきません。
「勝雄」って地名?、人名?、・・・?
ひょっとしたら「✖✖勝雄」さんが建立した神社?   

【小倉神社 名前の由来】
「小倉は天王山の山裾で『小暗い』場所から地名が生まれ神社名になったと考えられます」とのことです。

【小倉山・天王山よりの深層水】と【もう一つの小倉山】
小倉神社境内の水飲み場の水は「小倉山・天王山よりの深層水」と書かれている。
「深層水」って海洋学の用語ではなかったっけ?

「小倉山」と言えば、嵐山にある超有名な「小倉山」しか知らなかったが
小倉神社の後方に「もう一つの小倉山」があるようだ。
調べてみると「嵐山の小倉山」は標高296m,「もう一つの小倉山」は305m。
何と9mも高いではないか!!。
もう登ってみるしかないでしょう。       
小倉山・天王山の深層水

小倉山・天王山の深層水

この橋を渡った先に

天王山(小倉山経由)への登山道

【ご参考】
「もう一つの小倉山」登山については

2021年1月31日日曜日

近所の歴史探訪 ~「千代の道古墳」編~

近所の歴史探訪 ~「千代の道古墳」編

「千代の道古墳」、雅なネーミングに魅了され2年ほど前に訪れたことがある。
9月頃だったと思うが、当時は一面草に覆われており全貌はよくわからなかった。
今回久しぶりに訪れると草は刈り取られスッキリして形状などがはっきりと確認できた。
また案内板も設置され見学者に対する暖かい心遣いが感じられる。頭が下がる思いだ。
2年ほど前の訪問時 
今回訪問時

「千代の道古墳」は、京都橘大学 文化財調査調査報告 2010には
「右京区嵯峨野千代の道町:平地 径16m 高2.5m 円墳 横穴式石室 半壊」として紹介されている。
紛れもなく古墳だと思っていたが、案内板によると2説あるようだ。
「古墳説」と「寺院建物の基壇説」。何れも尤もらしい説だ。

個人的には、大正の頃には「マスムロ」と呼ばれていたようなので、
[マスムロ]=>[桝室(ますむろ)]≒>[石室]=>古墳 の説を採用したいが
最終的には発掘調査なとで決着を付けるしかあるまい。
古墳南側((配水タンク傍)に露出している石材?が気になる。もしかして・・。
案内板
 
千代の道古墳 全景
千代の道古墳 全景
形状から見ると方墳のようにも見える
墳頂付近
南側に石材?が露出
南側に石材?が露出(拡大図)

案内板を作成していただいた
「太田伊産業」及び「京都府立鴨沂高等学校京都文化コース」の皆様に深謝申し上げます。

千代の道古墳 位置図
「千代の古道(ちよのふるみち)」のウォーキングを楽しみながら、一寸寄り道されては如何でしょうか? 
「フレスコ嵯峨野店」の裏手です。
さらに東北東に250mほど行くと石室剥き出しで有名な「蛇塚古墳」もあります。


「千代の古道」については、別稿「千代の古道(ちよのふるみち)」をご参照ください。

2020年10月11日日曜日

近所の歴史探訪(古墳探し)~「丸尾古墳? 磐座?」編~

 近所の歴史探訪(古墳探し)~「丸尾古墳? 磐座?」編~

 
古墳の現況として「完存,半壊,全壊,消滅」などと分類されていることが多い。
詳しい分類基準は分からないが、例えば「全壊」と「消滅」はどう違うのだろう?
家で言えば、[全て壊れた状態]が「全壊」で、[全壊したものを撤去し更地にしたもの]が「消滅」?
古墳探訪の対象は「完存」と「半壊」だが、素人にとってこの区分ももう一つよくわからない。
 
たまたま公益財団法人京都市埋蔵文化財研究所のHPを見ていて、
「現地説明会の開催」というページを見つけた。
大原野の圃場整備工事中に発見された下西代古墳2基の現地説明会用の資料だ。
(下西代古墳については「石室を見ることが出来る古墳」をご参照あれ)
その資料中の「大原野の遺跡一覧」に
「丸尾古墳:西京区大原野石作町に古墳時代後期の棚田上に横穴式石室が1基完存」
 という記述があった。
 素人は「完存」という言葉に弱い。しかも「石室」だ。早速行ってみることに。
大凡の場所は「京都市遺跡地図提供システム」を使えばすぐに分かる。
 
【行程】
府道733号(柚原向日線) をひたすら西へ=>
①八幡宮社(長峰八幡宮)の手前の三叉路を左(灰方)へ=>
②大原野クリニックの先の三叉路を右へ=>両脇に棚田を見ながら一路目的地へ=>
③途中の三叉路は右方向へ=>
④最後に右に大きく曲がったドン付きが目的地だ。
ルートマップ

①左方向へ(右は金蔵寺方面)
②右方向へ
③右方向へ
【探索】
「丸尾古墳」は、ガードレールが途切れた辺りから右側の畦道(?)を
20m~25mほど行ったところの左側にあるはずである。
そこは見た目少しこんもりとしてそれらしいが、散々探してみたが石室らしきものは見つからなかった。
(ひょっとして、調査後埋め戻された? この辺が素人の悲しさである)
④目的地
畦道
この辺りの左側
別の場所かもしれないと思い今度は丘陵の裾にそって左手の竹林(竹藪)の中へ。
そのまま数十m進むと石が積み上げられたところにでた。
一見して自然のものではないことは分かるが、この石積みが「横穴式石室」?
どうも違う。
石組みに行く途中に明らかに人工的に作られたい石垣状のものがあり、
その延長線上にある積み上げられた石も棚田保全用の石垣の一部なのだろう?。
「丸尾古墳の『完存する横穴式石室』」はいずこ。
裾に沿って左へ
石垣状のもの
上部から
手前側から
奥側から
【磐座か?】
 上記資料に「磐座か?」という項があり「石作町の棚田に、高さ2m以上の巨石確認」とある。
「京都市遺跡地図提供システム」には掲載されていないが、近くのようなので行ってみた。
磐座?は先ほどの道を少し先に行ったところにある「天空農園」東側の棚田の中にあった。 
「高さ2m以上の巨石」 で間違いないが、磐座かどうかは不明。
棚田の中に磐座?
 
【おまけ】
現地の標高は60mほど。京都市南部の展望良し
 
【八幡宮(長峰八幡宮)古墳】
折角なので、久しぶりに八幡宮古墳に立ち寄ってから帰路につくことにした。
八幡宮(長峰八幡宮)は、①の三叉路を右に行って直ぐのところにある。
八幡宮古墳は1~3の3基あったようで2号墳は全壊、3号墳は半壊だそうだ。
1号墳は本殿の下にある。本殿右側の石垣にポカリと穴が開いており、そこから石室が覗ける。
カメラを突っ込んでパチリ。
本殿下の石垣に穴が
穴の拡大(開口部)
1号墳石室内部

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