2020年3月15日日曜日

近所の歴史探訪~「西芳寺川古墳群(その4)」編~

近所の歴史探訪~「西芳寺川古墳群(その4)」編~

前方 後円くん

西芳寺川古墳群は、西芳寺(苔寺)の傍を流れる西芳寺川の山沿いに数多く築造されている。
ほぼ探訪しつくしたと思っていたが、よくよく調べてみるとまだ未訪問の古墳があった。

京都市遺跡地図提供システム」によると、西芳寺谷林道3号橋辺りに
西芳寺川F号墳西芳寺川G号墳があるという(古墳名は京都市遺跡地図提供システムに準拠)。
更に、西芳寺川F号墳については、
「「松尾山の群集墳」丸川義広(『京都市埋蔵文化財研究所 研究紀要』 第4号 1998)」(注)によると、
石室が開口している」と書かれている(文献中では「西芳寺川D号墳」と表記されている)。
(注)本文献は京都市考古資料館で閲覧及びコピー(有料)が出来る。

目指すは西芳寺川F号墳。

西芳寺川F号墳(上記文献にはモノクロ画像が掲載されている。カラー写真は本邦初公開か?)
西芳寺川F号墳
天井石と石室(フラッシュ使用)
石室内部(フラッシュ使用)

石室内部拡大(フラッシュ使用)
西芳寺川F号墳は、西芳寺谷林道の3号橋を渡ってすぐの右手尾根筋の端、写真の〇印辺りだ。
東側は一本杉西の谷の崖、南西側は西芳寺谷林道に沿った崖となっており、 リスキーな場所に位置している。
林道からは見えない。訪れる人は皆無なのか踏み跡もない。ネットで検索しても出てこない。

林道沿いの崖を攀じ登ることになるが、高さは10mほどだが傾斜がきつく落ち葉が堆積していて大変滑りやすい。
これから探訪してみようという方は、滑落しないようくれぐれもご注意ください。
両手両足を駆使し這いつくばるようにして登るといい。
何とか登り切ると少し平らなところに出る。前を見ると天井石が見える。さらに近づくと石室も。
殆ど知られていないと思われ、一見の価値ありです。是非挑戦してみてください。
一本杉西の谷と3号橋 古墳は印辺り
この崖をよじ登る
崖の上から林道を見下ろす。足が竦む。
天井石が見える
開口部が見えてきた
さらに近づく
横から
上から

西芳寺川G号墳
京都市遺跡地図提供システム」によると、
西芳寺川G号墳は3号橋のほんの少し先の西芳寺川右岸「ペロペロの谷」の左岸側の尾根筋にあるようだ。
また「松尾山の群集墳」丸川義広(『京都市埋蔵文化財研究所 研究紀要』 第4号 1998)には
天井石が露出する古墳として記載されている。

「ペロペロの谷」、何とも面白い名前だが、対岸に行くには西芳寺川を徒渉する必要がある。
幸い飛び石伝いに行けそうなので、対岸に渡って尾根筋を登ってみた。

天井石が露出する古墳」ということで、それらしい候補(?)を見かけたが、所詮素人、確証が持てない。
自然の岩なのか人工的に組まれた岩なのか、なかなか判別できない。
石室の開口部でも見えれば直ぐ分かるのだが・・・。
考古学もっと勉強しておけばよかった。誤った情報を発信しては不味いので写真は差し控える。
案内板でも建てていただけると有難いのですが・・・。
ペロペロの谷
西芳寺川を徒渉
踏み跡から尾根筋へ



西芳寺川F号墳を見ることが出来ただけで良しとしよう。

参考資料
1. 京都市遺跡地図提供システム
2. 「松尾山の群集墳」丸川義広(『京都市埋蔵文化財研究所 研究紀要』 第4号 1998)
探訪済みの古墳


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